impressible

世界のハナシ

なすびです。

今「生きるのが楽になる哲学の本」
と云うのを読んでいて。

なーはわざと「哲学」を学ばなかった人間なのですが、
なんとなく、読んでみたくなったのは、
其の本の「装丁」です。

クラゲが描いてある。とびきりかわいいの。
あと、カバーの紙質が好き。

それだけです。(^-^)

あと、最近、ホントに「生き難い」からでしょうか。

んで、
其の本が、もちろんのごとく「自分の世界」について書いてありまして、
読後はこの影響を受ける可能性「大」なので、
ここのところずーっと考えてきた「なーの世界」について、
メモ書きしておこうと思います。
まだまとまってないんだ。全然。

問題は「何処から何処までが『なーの世界』たるのか」と云うこと。


「なーの認識するなーの意識」
↑「なーが『なーの考え』だと思って考えていること」含む
「なーの体」(中身含む)
「なーが見たり触ったりできる範囲」
「なーが行動する・出来る範囲」(主に地元)
「なーの親戚及び友達・知り合いの住んでいるところ」
「なーが旅行で行った地方」
「なーがニュースで見る日本」
「なーが考える日本」
「なーがニュースで見る外国」
「なーが考える外国」
「なーがニュースで見る地球及び宇宙」
「なーが考える地球及び宇宙」
「夢」

大小さまざまですが、
・・・何処までが「なーの世界」って言えばいいんだろうね?
と云うこと。


日本とか外国とかスケールでっかいね。なんですが、
視覚的なことを言えば
「なーの見てるモノ」と「人の見てるモノ」は明らかに違う。
じゃあ、スケールでっかかろうがなんだろうが、
なーと人の「日本」「外国」は確実に違う。

視覚的ってのはもちろん「見えるモノ」、
考えとか、病気的に気になることはもちろん、
視野・目の悪さなど・・・など、身体的なことも。
だって、なーはキョーレツな近視と乱視。
裸眼だった時代なんで片手で足りるほどしかなくて、
メガネの時代が長すぎる。

他のことで言えば、
「目に付くもの」がまったく違うよね。と云う話。
なーは見目麗しい女の子に目が行くけど、
普通女の子はイケメンに目が行っちゃう筈で。
でも彼氏にしか興味のないなーには
男なんてどーでもよかったり。


前は「なーの認識する『なーと言う意識』」=世界でした。

でも前書きました。
「世界が終わればいい」とか「世界が閉じていく」とか。

なーの行動・交際範囲が広がると、
なんか考えることはめまぐるしく変わっていく。

考え方の基本が変わらないにしても、
もともと、なーは、
自分の考えはどんどん更新していこうと云うタイプ。
だから、新しい知識が入れば、
其のことに対する考え方が変わるのは当然のこと。

んで、社会にでて、
いろんな考え方の差異を感じて、
「世界」と云う言葉が「なーの意識」に限定できなくなりました。

うん。じゃあ、「世界」はどこまでなんだろうね?となる。

「夢」ですが
これ・・・間違った文章なんですけど
「胡蝶は夢か幻か」
・・・実際は「胡蝶の夢」だったかなぁ?
中国の人の「夢で蝶の一生体験しちゃったヨ!」って云うやつ。
「実は人間の自分が蝶の夢なんじゃね?」ってやつ。
荘氏さんでしたかな?違うかも。
ホント、思想・哲学系弱いな。


うん。まとまってないからここまで。
30分以上になったし。

では。本読みます。
(・ω・)/

植物の英訳は3時間かかったのにこの文章書くの30分(笑)
英語と日本語の違いは奥が深くて、
日本語がとても好きになります。
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by nonbike | 2009-09-30 20:22 | heavy or negative
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