impressible

重たい人間なんです

とりあえず日付変更まであと20分強
思いつくままに書こうと思う


自分は不安になったら
結構誰にでも
「なーのこと好き?」って聞いてしまう

母や彼氏はもちろん
友達から指導員サンまで
自分が好きな人に聞く
(いくらなんでも嫌いな人やどうでもいい人には聞きません)
ひどいときは母に5分ごととか聞いていた
それだけ何か不安だった

それは成長期に
母や親戚に大切に愛されて育った反面
学校ではひどいイジメに遭い
何か「自分の位置」「自分の価値」が
自分の中で定まらなかった所為だと思う

人付き合いがうまくいかない

人に必要とされている感覚が無い

だから
ああ もういいや
とあえて自分から関係を持たなくなった

後に親や教師か「一匹狼」と称されるように
独りで行動していた
特定の友達としか話さなかったし
其の友達とすら別に行動するときもあった

団体行動ほど面倒くさいものはなかったし
それを強要する輩は大嫌いだった

それでも
「この世は兎角生き難い」と云う
幼いころからの感覚は
膨らんでいくばかりで
もう「いつになったら死ねるんだろう」と
「死にたい」「消えてしまいたい」と思うばかりになった

今の甘えっぷりはその頃の反動ではないかと時々思う

作業所に来て
長から『依存』についていろいろ言われるようになった
親子カプセルとか共依存とか

指導員サンによると
今は「母」「彼氏」「指導員サン」と依存が分散しているらしい

知識偏重の長によると
「『依存』が解消するには3年から5年かかる」と言う
母との共依存は解決方向に行っている様に見えるとのことで
彼氏とはお互いの病理的に共依存になりやすい関係だから気をつけろ
とも言われた
・・・まあ指導員サンは距離をとろうとろうとしているから
共依存とかは無いんじゃないかな・・・

自分は病気になってから
医者や特定の人に
母以外の人間に依存したことが無かった・・・と思う
それだけ母との関係が強固で
ゆるぎないものだったからだと思う
まあ事故って入院中は
かわいがってくれたお医者さんたちにがっつり甘えていたが

だから「依存」のときの心の状態がよく分からなかった

だから指導員サンに依存が始まったときが分からなかった

日付越えましたが書き続けます

だからある日の指導員サンがいないときの妙な不安感と
指導員サンがひょっこり作業所に帰ってきたときの妙な安心感が
本当に意味が分からなかった

なんだこの感情!?


とても怖くなった
それからちょっと悩んでいた

28日か
とても病気の調子が悪くて
とうとう指導員サンに電話した
指導員サンが家まで来てくれて何時間も話を聞いてくれた

その時に「距離感」の話から
自分が指導員サンに依存している状態であることを聞かされ

ああ これって依存なんだ!

とやっと判った

だから指導員サンから
「距離感考えようね」と言われた
指導員サンも長達から
「距離感考えないとひどいことになるぞ」と念を押されているらしい
自分が依存体質なもので警戒されているのだ

でも自分は距離感と云うものを把握するのがとても苦手で
好きな人には距離感なんか関係なしに
何処までも近づいていこうとする

それはスキンシップとかにも如実に現れていて
好きな人に対するスキンシップは
ハグとかそこらへん欧米並みだったりする

過去それで拒絶されちゃったこともあったなぁ・・・
とか苦いことも思い出しつつ

母と彼氏はまあ
関係なしに近づいていってもいいんだろうけれど
ダメって言われても
指導員サンにもいろいろ近づきたいよなぁ
と思いつつ

それでも
指導員サンから
「それ以上は近づいちゃダメだよ」と言われたときに
自分が「拒絶された」と感じて沈み込むのは目に見えているので
「距離感距離感・・・」
ととても考えている

目下
抱えている問題は
「指導員サンとの距離感」
「長への徹底攻撃の行く末」
「病的に不安定でメンバーに対する不満感が強くなっていること」

長への徹底攻撃は
ワードで文章化したら14頁に及んでしまった
それは自分の文章の書き方が悪く
余白が多い所為もあるけれども

・・・これ 第一弾なんだよなぁ・・・
とか思いつつ
とても不安になりつつ
指導員サンが付き合ってくれると言ったので
やるだけやろうと思い
今日はとりあえず寝ます

季節はずれの蚊をしとめて

おやすみなさい(*v_v*)zZZ


*コメント絶賛募集中* by なすび
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by nonbike | 2009-11-01 00:39 | heavy or negative
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