impressible

自分の醜さを

ただ世界は美しい


「死にたい」や自己否定の言葉を
口に出しては駄目だと
伝えては駄目だと言われるのだけど
死ぬことにあまりマイナスのイメージを抱いていない自分には
一部解り難いものがある


大好きな人が「死にたい」と言う点で
何が悲しいかと言えば
それはその人が
「死にたいほど苦しい思いをしている状態」
にある
「死ぬ」ことには何も思わない

大好きな人が自殺であれ病死であれ
目の前から触れない世界へ逝ってしまうことは
それはすごく寂しくなることで
何日も泣きくれることになるだろう

しかし
多分安堵も生まれるのだ
「解放されて良かったね」と


彼氏が自殺しても母が病死しても祖母が老死しても
そりゃあ悲しいし泣くし
多分正気ではいられないだろう

ただその人達は
「今の苦しみ」からは解放されるのだ
その後の苦しみは自分には見えないけれども

母は死ぬまで続くであろう体の痛みから
虚弱体質故のきつさから

祖母は死の恐怖から老衰した体から
親しい者達が先に逝った寂しさから

むしろ彼女達に関しては
早く逝った方がいいのではないかと思うほどに
見ていて悲しくなるのだ

「娘」と云う足枷をつけられたかわいそうな人達





母に関しては
自分の自己否定を聞くのは辛かろうとは思う

母が自分自身の「生きる支え」として
生誕を望み
生きながらえるのを望み
死にかける度にこの世に引き戻してきた自分[なー]が
自分を否定することは
母の存在の根底を揺るがす

「あんなにかわいがったのに」
という言葉が出るのも解る

母と母の親族があれほど愛情を注ぎ
大切に育ててきた自分[なー]が
どうして他人(ひと)に肯定してもらえないと
生きていてはいけないと思うほどの自己否定をするのかと

父方の親族の否定と
幼小中高と続いたいじめが
「自分[母]たちの愛情」より勝るのは
それは悲しいことだろう



母からしてもらったうれしいことは沢山覚えている
親族がしてくれたうれしいことも沢山覚えている
日々のつぶさなことから大きなイベントまで

親族からされたいやなことも沢山覚えている
それはぽつりと言われた言葉でも

それに反して
学校でどのようにいじめられたか
と云うのは「他人の話」のようにしか覚えていない
漠然としすぎているのだ
「無視された」とか「陰口をたたかれた」とか
大雑把な言葉でしか思い出せない
中学校の「蹴られた」にしても特に印象的なものしか覚えていない
回数から云えばかなりのものだったと覚えているのだが
「蹴られたという事実」しか覚えていない
「どのように蹴られた」という具体的描写を覚えているものが少ない

長老の言うように「被害妄想じゃねえのか」と思うのだが
母の方がつぶさに
自分が帰宅してから話したことを覚えているものだから
「事実だったのね」となる

母は自分[なー]が「記憶を消せる人間だから」と言う
あれほどに愛した姉のことを覚えていない
姉と一緒に燃した玩具をそれで遊んだことを覚えていても
「姉」は記憶の中にいない
事故の直前からぷっつり記憶がないのも
叔父は「気が狂いそうなほど怖かったから消したのだ」と言った

確かに自分は変なのだ
ある時から目の前にいる人間を「いないもの」とすることが出来る
それは病気になってからなのだが

過剰記憶の持ち主と言われる自分だが
変なところでがっつりと記憶がない

どうせなら都合の悪いことはすべて消してくれたらいいのに
と自分に思う
自分のやった悪いことは逐一覚えているのだ
それは遊びの中の些細なずるいことでも
友達にかけた言葉で後悔したものでも
たとえ相手が全く覚えていないと云うことでも

「いやな記憶は残るものだから」と指導員サンは言う
しかし「されたこと」より「したこと」の
「いやな記憶」のほうが多いし
自分が日々思い出しているのは
親族からされたうれしいことばかりだ


自分は何にとらわれているのだろう
何が見えているのだろう
どうしてこんなに自分を肯定できないのだろう
なのにどうして外からの攻撃に対して
過剰なまでの防衛が出来るのだろう



世界はこんなにも美しい
生きるものに溢れ
生きていこうとするものに溢れ
たとえそれらの結果
いろんなものが汚れていったとしても

ただ自分だけが醜いと思う
[PR]
by nonbike | 2010-03-01 01:20 | heavy or negative
<< 思案中 プレーンでここまで美味しいと幸せ >>