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とても疲れています。
体が痛くて、寝ていたいです。
でも、今寝たら、夕飯食べなくて、
夜中に起きて夜食をとる羽目になるので、寝ません。
愛犬の散歩も、草を鉢植えにするのも出来ませんが、
とりあえず、書きたいことだけ書こうと思います。

交通事故の和解が成立しました。

加害者は来ませんでした。
代わりに高○運送の社長が来ていましたが、
偉そうに椅子にどーんと座って
謝った言葉と言えば、話の中で
「申し訳ない」と小さく言っただけでした。
なーが「加害者はあなたに電話しましたか」と言うと
「自分は事故の詳細は聞いておらず、
こんなに長引いていることも知らなかった」
と言いました。ずいぶん適当な社長ですこと。人間が知れる。

なーの過失割合は25だそうです。加害者が75。
なーはただ、横断歩道にまっすぐ入っただけなのに、
ずいぶんと割合が大きいんだなと思いました。
なーが自転車だったのと引かれたのが後輪だった所為だと思います。

母はなーの手をぎゅーっと握っていました。痛いほどでした。
和解成立を裁判官が言ったとたん、
堰が崩れたように、大きな声で泣き始めました。

なーは一生の傷を背負いました。
でも加害者は一瞬の我慢も嫌がり、謝罪に来ませんでした。

和解金はとても少ない金額だと思います。
その中から何百万と言う弁護士代と、
社会保険代を払わなければいけません。
(保険会社が社会保険を使わせたのでね。
なので、保険会社は30%しかなーの医療費を払っていないのですよ)

事故はもう6年も前のことになってしまいました。
これだけ時間がかかったのは、
相手(保険会社:興○火災)が
「慰謝料などは払わない。医療費(全部のうち30%)しか払わない」
と言ったからです。
お世話になっているお医者さんがそれに大変腹を立てて、
後遺症の固定をしませんでした。
でも、そのおかげで、傷の所為で括約筋がうまく働かなくなっていること
(つまりは、便失禁をすること)などが分かり、
なーの後遺障害等級などは上がる結果になりました。
苦しんだ時間は長かったですが、これでよかったのだと思います。

なーは加害者のことを忘れます。
遠くへ引っ越して、話をしようともしないそうですが、
相手の弁護士が「手紙は必ず渡す」と言いました。
なーは何を間違えて、こんな男と
係わり合いを持たなければいけなくなったのでしょう。
なーはどうして、憎しみを持たなければならなかったのでしょう。

望んだ結果ではありませんでしたが、決着は付きました。
なーはこれから、変われるよう努力していきます。
体とうまく付き合いながら、なーは生きて行きます。

さて。最後に、加害者に渡した手紙をのっけておきます。
書きたいことの半分もかけなかったし、
いろいろなことをだいぶ省略していますが、
加害者が読んでくれることを願っています。
(そっこーでゴミ箱行きだと思うんだけど。)

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はじめまして。あなたが殺しそこなった、●●●●と申します。

あれから7年。
私は、あなたには想像できないような苦労をして生きています。

あなたは、私が入院している半年間、一度も病院に来ませんでしたね。
謝罪しませんでしたね。殺そうとしたのに。あなたの過失なのに。
わざとじゃない? そんなことが謝らなくていい理由になりますか?
それで、あなたに罪がないことにはなりませんよ。

あなたは、自分の都合のいいように証言して、
私が事故の瞬間の記憶を持たなかったために、起訴を免れましたね。
でもそれは、あなたに罪がないことにはなりませんよ。

あなたは「前の車が曲がったから続いた」と言ったそうですね。
でも、横断歩道の前では一旦停止の義務があるでしょう?
トレーラーのような大きい車ならなおさらですね。
あなたはそれをしなかったのです。

私は、大して加速もせず、青なのを確認して横断歩道に入りました。
記憶はないのですが、きっと私はあなたの車を避けようとしたのでしょう。
だから、後輪の巻き込み防止に引っかかってしまったのでしょう。

あなたは、私を引いた後、電話しましたね。
引かれた私が後続の車に引かれそうだったのに。
ずっとずっと、周りの言葉を無視して電話していましたね。
救急車を呼びませんでしたね。

感謝してください。
目撃者の方が、車整理をしてくれたので、
私が後続の車に引かれなかったことに。
周りの声にやっと電話した救急車が間に合ったことに。
病院に運んでくれた救急隊員の方に。
一生懸命、病院の先生が助けてくれたことに。
何より、私の体がとても頑丈であったことに。

どこからか大量に出血を始めた体に、
ポンプで輸血しながら、お医者さんは血を止めようと頑張ってくれました。
体中の血を2回いれかえるほどの輸血をしたそうです。
ポンプでしたのは、それでないと間に合わなかったからです。
肝臓から出血していることが分かり、先生達は大動脈に栓をしました。
太ももの皮膚がずれ、そこから出血した血がたまっていくのを、
なんども搾り出してくれました。
顔には大きなすり傷があり、お尻はもう一つ割れ目が出来ているかのごとく
中の骨が見えるほど、ぱっくりと開いていました。
手の甲にも無残なすり傷がありました。

私は、2週間、目が覚めなかったそうです。
ICUには20日間いました。

眠っている間、とても辛い夢を見ていました。
水が飲めなくて苦しくて苦しくてたまらないのです。
実際、酸素マスクで水を飲むことができなかったのですから、
それが夢に出たのでしょう。
また、体中が痛くてたまりませんでした。
夢の舞台はきちんと病院になっていて、
私は看護婦さんに「体が痛いので眠らせてくれ」と懇願し続けていました。

私の首や体のあちこちにはいろいろな機械をつないでいた針のあとが
はっきりと残っています。

あちこちが骨折していましたが、
私はとても頑丈な体をしていたため、その骨がバラバラになることはなく、
内臓を傷つけることもありませんでした。
トレーラーに踏まれたのに!
そして、私は今、歩いています。「奇跡的」とお医者さんは言います。

約半年間の入院生活はとても苦しいものでした。
私は痛みのあまり、体を動かすことが出来ませんでした。
また、骨がくっつくまで3ヶ月間、体を動かしてはいけませんでした。
ずっと上を向いていると床ずれが出来てしまうので、
定期的に体の向きを変えられましたが、それが苦痛でなりませんでした。

トイレはオムツで、尿はカテーテルで。
私は、羞恥心というものを捨てなければいけませんでした。
恥ずかしいからトイレが出来ない。など言ってられませんでした。
カテーテルを付け替えるときの尿道の痛みはたまりませんでした。
また、事故にあってから、非常に腸の動きが鈍くなり、
大便が出なくなりました。なので、摘便されました。
指で便をかき出してもらうのです。
恥ずかしい。など、言えませんでした。

また、お尻の傷の処置はいろいろな意味でたまりませんでした。
医者とは言え、いろいろな男の人にお尻や性器を見られるのです。
20歳の私にはたまりませんでした。
また、ガーゼの付け替えなどがとても痛く、
麻酔をしないと耐えられないほどでした。
また、その麻酔が、腰から入れるのでとても痛く、気持ち悪いものでした。
尻の傷は端から壊死していきました。腐るのです。
その部分をハサミで切り取られるのですが、
まだ生きている部分を切らざるを得ないので、とても痛いのです。
シャキンシャキンというハサミの音が恐怖でした。

人間とは不都合なもので、3ヶ月寝ていたら歩けなくなります。
リハビリが始まって、初めて膝が曲げられたときの痛みはすごいものでした。

ことあるごとに見たことのないあなたを恨んでいました。
きっと検察が起訴して、私は慰謝料を受け取れるのだと信じていました。

辛かったことはもっともっとあります。
書いていたらきりがないほどに。
あなたは、私を支えてくれた母や祖母、友達に感謝すべきです。
あなたが謝罪しても逆立ちしても出来なかったことを、
みんなしてくれました。だから私は今、ここにいるのです。

病院を出るときにほとんど後遺症は決まっていました。
右の手首の大きなケロイド、お尻のふたつ目の割れ目、
右足の痺れ、左肩が思うように上がらない。
歩き方が変になって、今まで履いていた靴でも
ひどい靴ずれが出来るようになって履けなくなったり。
右ひざのひどい痛み、体中の関節などの痛み、
ひどい便秘。
トレーラーに踏まれた人間がこれだけの後遺症で済んでいることは
奇跡だと医者に言われました。
それだけ、私の体が頑丈だったということです。

しかし、病院を出てから分かった後遺症がありました。
精神的な後遺症です。
横断歩道が渡れなくなりました。
結果、一人で外に出ることができなくなりました。
自転車にも乗れなくなりました。
非常に寝る時間が長くなったり、喉が以上に渇いて、
いつも飲み物を手放せなくなりました。
そのほかにも精神的後遺症は多岐にわたり、
私がまともに暮らすのを邪魔してきました。
そして、お尻の傷のせいで、
尿漏れや漏便までするようになっていました。

内部断裂した臀部左側など、歩くとひどい痛みが走ります。
臀部右側の裂傷は、今でも感覚がありません。
右足はしびれたままで、
夜、寝返りがうてないほどの体の痛みに悲鳴を上げます。

これらは全て、今でも続いています。
私は、これらの症状のせいで、丸6年、無駄にしてきたのです。

現在、特に苦しんでいる症状に関しては、
最近裁判所に提出した文章を別紙添えますので、そちらを読んでください。
男のあなたには分からない後遺症もたくさんあります。

あなたは私に6年間という時間を返してくれますか。
これからの未来を補償してくれますか。
何より、20歳の夏を返してくれますか。

大体、不起訴になるのがおかしいのです。
あなたは運転中の安全基準を前述のように満たしていない。
「バックミラーに映らなかった」など、死角に入ったら当たり前です。
トレーラーが横断歩道を渡るのにしては速すぎるスピードで曲がったことは、
傷を見た物理の専門家が予測しました。
「加害者の言うとおりのスピードではこうはならない。」

検察官は言いました。「必ず起訴してみせる」
でもあの検察官は起訴しませんでした。
どうやって抱き込んだのですか?
私に記憶がなかったばっかりに、あなたは免れたのです。
私が覚えていたら、その恐怖のあまり、発狂していたことでしょう。
私は自分を守ったばかりにあなたまで守ってしまった。

あなたはこれからも、何も知らずに、
この件での苦労はなく暮らしていくのでしょうね。
裁判にでてくるのは、代理人と弁護士、保険会社。
お金は皆保険会社が払って、あなたが払うわけではありません。

あなたが自分と同じ思いをして死ねばいいと思います。
また、あなたの大切な人が私と同じ思いをして死ねばいいと思います。
這い上がれないくらい打ちのめされて、そのままのたれ死んでしまえばいい。
あのときのお嫁さんも、息子さんも。
今、もし、別の家族がいるなら、その家族も。

身体的障害が少ないのは、私の体が人一倍丈夫だったからです。
あなたの罪を軽減する理由にはならない。

ずっとずっと、あなたが不幸であることを願っています。

それでは、永遠にさようなら。
もう二度と係わり合いがありませんように。

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by nonbike | 2006-07-09 18:03 | heavy or negative
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