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かわいそう?

母はなーのことを「かわいそうだ」と言うのです。

「病気で苦しんでいて、かわいそう」
「交通事故の後遺症で体が痛くてかわいそう」
・・・だと思うのですが、
なー自身は、なーのことをかわいそうだと思ったことはありません。

なーは
「なーのことは誰も分からないし、なーは誰のことも分からない」
と思っていますが、(要するに共感できないと言うこと。)
「なーより苦しい人はもっといる」と思うのです。

なんていうかなぁ。取り方ですよね。
なーはよく人(と言っても2名)から「ひねくれている」
と言われますが、なー自身はとても素直で、
自分の思ったことをストレートに表現しているに過ぎません。

いや、そうじゃなくて・・・
人の不幸を見て自分の幸せや健康を確認すると言うのは
あまりいい方法ではありませんが、
TVなどで障害者の方を見たりすると、
「この人はなーより暮らしていくのが大変だろうな」
とか思うわけですよ。
んー、自分だけが苦しい
・・・という変な考えに取り付かれてない・・・という感じかな。
自分が苦しいとそれしか見えなくなりますよね。
疲れているときとか、電車で老人が立っていても
席を譲りたくない。そんな感じ。(スケールが違いすぎる・・・)
(そんな時(お年寄りや子連れが立っているとき)は、
「この人も苦しいけど、なーも苦しいからいいんだ」
で心の中で片付けてしまいますが。)

あと、自分を客観的に見ることも大切ですよね。
なーは恵まれすぎてますから、
シアワセでなくとも幸せで、不幸ではないのです。
なーは母(理解者)がいて、
衣食住があって、嗜好品にお金をさくことが出来る。
それだけで、とても幸せではないですか。
・・・ここも、取り方ですよね。
お金持ちの人なんか、衣食住が出来るのは当たり前かもしれない。
でも、お金持ちの人には別の悩みがあって、
「自分は不幸だ」と思っているかもしれない。
でも、平民からしたら、衣食住が保証されてるだけ幸せですよね?
「客観的に見て、どう取るか」がとても大切です。
まあ、「立場」と言うのは、考え方に大きくかかわってきますがね。

なー、事故にあった時は20歳だったと思います。
ICUから普通病棟・・・外科病棟に移るとき、
外科の看護婦さんたちはとても悩んでいたそうです。
「20歳の子が、体にひどい傷を負って入ってくる。
どうやってメンタルケアをしよう・・・?」と。
ところがどっこい、なーは負っている傷に反比例するがごとく、
あっけらかんとしていて、とても明るかったそうなのです。
「気が抜けた」「ほっとした」と看護婦さんたちから言われました。
なーはその時、ICUですごく苦しい思いをしてから外にでました。
それがよかったんだと思います。
何でか、歩けなくなることも心配していなかったし、
なにより、ICUより、外科病棟のほうが、
断然過ごしやすかったのです。
(怪我の具合もあるでしょうが・・・)

んー、何がいいたいかと言うとですね、
「人間ある種『どん底』と思われるところを知ると、
後の考え方が変わる。」と言うことです。
なーは病気で一番苦しいときも(薬のおかげで)
ごまかしごまかし、なんとか乗り切ってますし、
体が動かない、とても痛くて辛いときも乗り越えてきたのです。
あの時たちを思うと、今がどれだけ楽で幸せなことか!!

なので、なーは全然かわいそうじゃないのです。

かわいそうなのは、母のほうじゃないかなぁ。と思います。

子供を1人亡くして、さらに次の子も3度も亡くしかけて、
「何で自分の子供が」って思うんだそうです。
それってすごく大変で、すごくかわいそうじゃないですか?
(原因が何を言う・・・という感じですが。)
今でも、なーの病気や後遺症を支えてくれているし。
大変じゃないですか?
自分も心臓病や喘息を抱えているのに・・・。

でも、かわいそう。って変ですよね。
同情というのは別にしてもいいと思うし、別にされても
なーは全然かまわないんですが、
ずっと一緒にいる人に同情って変ですよね?
一緒なら、一緒に改善できるように頑張るべきですよね。

なーは、いろいろ頑張るですよ。

では★
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by nonbike | 2006-08-20 04:44 | heavy or negative
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